|
大連・瀋陽・北京素描 ●工事中の瀋大高速公路
夕方5時過ぎ大連着の飛行機で大連に降り、瀋陽行き6時発のバスへ。以前はいっぱい乗っていたが、今回は三分の一くらいの乗車率だった。 高速に入ると、ガタガタ道に変わる。いまほとんど全線工事中で、反対車線を走ることはしょっちゅう。変わり目には大きな段差があって、車は歩くくらいまでスピードを落とす。夜に入って、大型の貨物車が中心で、加速が悪いのか時速10Kmくらいで走る。1車線しかないから、全部の車が並んで走る。 右車線に戻ると、少しでも時間を取り戻そうとバスは思い切りスピードを上げる。しかしここも工事中で、1.5車線の道が続く。大型バスが、大型トラックを、0.5車線を使って追い越しにかかる。追い越せるかなという辺りまで行くと、道がなくなって反対車線への標識がいきなり見えてくる。急ブレーキを踏み、大型トラックの後ろに入る。 瀋陽北駅に着いたのは12時過ぎ、よくも6時間で来られたものと感心した。 もう少しすると、全面閉鎖になるようだが、高速バスはやめた方がいいと思う。心臓に悪いし、事故が起こらない方が不思議に感じる。大連・瀋陽直行の特急も1日4便に増えたようなので、こちらの利用をおすすめしたい。 ●帰りは遼東半島号で 瀋陽からの帰りは列車にした。大変混んでいて、前日の朝に切符を買いに行ったが、すでに普通の席はなく、寝台車の中段を購入した。 寝台車の上段は私の背丈より高く、2mくらいの高さだろうか。その代わり、下段・中段の天井の高さに余裕が出てくる。 列車が走り出して30分もすると、ほとんどの人が寝台に入り込み、寝ている。朝8時発の列車で、私は眠たくないので、廊下側の小さな補助椅子を出して本を読んでいた。タバコを吸いたくなると、外に行って吸ってくる。のどが渇けば、水でもお茶でもビールでも売りに来る。 大連には4時間で着いた。大連駅は大改装中で、暑い日差しと砂埃のたつなかを、砂利道を歩いて外に出る。荷物の多い人は大変そうだった。 ●展示館の昼食 今回訪中の1つの目的は、瀋陽で開催された国際展覧会への出展だった。それで2日間は会場に詰めて、出展社としての仕事をしてきた。 大きな近代的な展示会場で、千数百社が出展しているから、昼食時には数千人から1万人くらいが食事をすることになる。展示館の中心に独立した1棟のレストランがあるから、さすがに中国だなと思っていた。 昼にそこに行ってわかったのは、そこはお一人様68元のバイキングで、それ以外には何もない。がらんとしたレストランで、20人くらいが食事をしていた。 結局、会場内広場の真ん中で、屋台を組んで売っている露店で皆昼食をとっているのだ。市内であれば5〜6元の弁当が10元で売られ、中国式ハンバーガーは6元で売られている。「観光地価格」というか、「観光地商売」というか、どこでも一緒なんだなと思った。出展社の人たちは、ほとんどが弁当を買ってきて、展示室の中で料理の弁当を広げ、皆でわいわいがやがや言いながら、中国式の食事をしている。この間、参観者のことは気にしないようだ。 ●隣の漢王、向かいの精密機器屋さん 当社のコーナーでの展示は「日中・中日翻訳支援ソフト 孫悟空」が中心で、予算がなかったので、ディスプレイもカタログも超貧弱だった。こういうソフトの必要な参観者は非常に限られているので、こちらからカタログを撒かないように指示したのだが、本当にお客さんが少ない。寄ってきて中身を聞いていく人は、大体10分間に1人くらいだった。内容を聞いてから、「それなら要らない」と言ってカタログを返す人も結構いた。 これに引き替え、隣は漢王で、中国語の手書きOCR、名詞の読み取り、音声認識ソフトを展示販売している会社。前面に4台の機械を並べ、20代の元気なおねえさん数人がビラまき、呼び込み、説明をする。あっという間に10人、15人が並び、通路を人が通れない状態になる。この状態が朝から2時くらいまで続く。昼食も隅っこでかき込みながら、本当によくやる。ディスプレイもきれいで、カタログはほとんどカラーのいいものを使っている。 なぜかは知らないが、午後2時頃になると、隣の人だかりがなくなる。2日間観察していると、やはり疲れるのだろうか、おねえさん達が機械の前の小さないすにすわって、ものを言わなくなる。適当に手書きOCRを走らせたり、マイクに向かって音声認識ソフトを走らせる娘もいるが、気持ちが入っていない。客はさすがで、こうなると誰も寄りつかなくなる。 向かいの精密機器屋さんは、飄々としている。知っている人が来ると、接客用のテーブルに同席して、熱心に商談を続ける。それ以外は、椅子に座って、彼らからは一切声をかけない。カタログの前に人が寄ってきて手にとって見たりしていても、絶対に声をかけない。客が声をかけたら反応している。昼食後は誰でも眠たくなるのか、1人は接客用に起きた人を残して、堂々と昼寝に入る。ここの責任者に、「へえ、あんた日本から来たんか」と言って、ミネラルウォータを貰ってしまった。こちらも同類と思われてしまったのだろうか。 今回の出展は、大阪で決めて、実行は大連に任せたのだが、せっかく出すならもっと真面目にすべきだったと反省した。それと、売れる製品作りを、質的な面と価格の両面で進めていかなければならないことを感じた。 ●瀋陽の変貌、北京の変貌 今回は、大連・瀋陽・北京に行った。大連はいつも行っているのであまり感じないのかも知れないが、瀋陽・北京の変貌ぶり(発展ぶり)には驚く。 初めて瀋陽に行った大連のスタッフに瀋陽の感想を聞くと、「大きい」と言う。確かに、瀋陽は大連より数倍の都市の大きさがある。そして、どこへ行っても大きくてきれいなビルが新しくでき、道路は広く、ゴミや汚れも少ない。ここ2〜3年の変化は特に大きく感じられる。国家全体で年率7〜8%の経済成長をしていて、都市部では10%以上の成長率で、しかも省都だから、集中的にインフラ投資をしているのだろう。 北京は、これに輪をかけてきれいになっていっている。1990年にアジア大会があり、三環路北で開催された。89年の天安門事件の後でもあり、国の威信をかけて北京全体をきれいにした。いま、2008年のオリンピック開催に向けて、四環北から五環が整備されようとしている。地下鉄も大拡張される予定で、2015年頃には大阪くらいの地下鉄網ができるようだ。 自分たちが仕事をしているちょっとお隣に、日本でも(特に大阪では)あまり目にしないようなきれいな総合ビルができている。そのビルの「創作中華」的なレストランで食事をしたが、20〜30代の客で満席に近い。客単価は60〜70元くらいと思われるが、欧米からの客も含めて、ゆったりした時間が流れていく。 仕事が遅くなって、少しビールが飲み足らなかったので、三里屯に行った。夜の1時に車がひしめき、若者が飲み歩いている。ジャズバーに入って、ピザとビールにしたが、おいしいピザだった。北京で三里屯は有名なバー街だが、こういう所があちこちにできて、三里屯から客足が減っているとのことだった。さらにバー街ではなく、街のあちこちにポツンと1軒のきれいなバーができて、結構はやっているという話も聞いた。 (事務局 森下) |