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あじあ号保存・瀋陽鉄道博物館その後の動き 昨年3月から取り組んだ「あじあ号保存・瀋陽鉄道博物館建設に協力する運動」は、2002年3月現在で約1300万円の基金が寄せられています。 昨年夏以降の動きを報告します。 ●2001年
夏・秋 瀋陽を訪問した日本の鉄道関係者やジャーナリストに対して、遼寧省や瀋陽市の担当者が「瀋陽市植物園での鉄道博物館建設は中止された。」とか「蘇家屯に建設することが決まった。」等の説明がなされ、瀋陽鉄道博物館建設についての情報が混乱しました。 一方、大連に保存されていたあじあ号(パシナ機関車)が、中国の観光業者によってきれいに塗り直され、大連観光の目玉として使われるようになり、多くの人々の目がそちらの方に引きつけられていきました。 当協会としては、瀋陽市政府の博物館建設に向けた意図を確認するために10月下旬から11月初旬にかけて訪中団を出しました。 ●2001年10月30日瀋陽を訪問 訪遼団には菱田英一会長、友井川紘一氏、森下雅喜事務局長が参加しました。 ◎10月30日、夏徳仁遼寧省副省長との会見と夕食会 遼寧省の筆頭副省長であり、当時の遼寧省党大会で党常務委員に昇格した夏徳仁氏との会見が友誼賓館で行われ、遼寧電視台、遼寧日報を通じて広く報道されました。会見および夕食会の中で夏副省長は、「1985年より続いている関西遼寧協会との友好交流関係に感謝する。瀋陽鉄道博物館建設に対して日本で募金運動が行われていることを知らなかった。人類の文化遺産として歴史的な機関車を残し、さらにそれが今後の中日友好や中外友好に役立つなら大変いいことだ。日本の皆さんの協力を生かして、博物館建設が確実に行われるよう、担当部局に指示を行う。」と力強く宣言されました。 ◎10月31日、瀋陽市政府の表敬訪問と協議 瀋陽市側は、瀋陽市人民政府 王維忠副秘書長、瀋陽市計画委員会 佟晶石副主任、瀋陽市外事弁公室 斉大超副主任、瀋陽市外事弁公室 田大維処長および城建局幹部が出席しました。 王維忠副秘書長は、「鉄道博物館の建設に協力すべく日本で募金活動を行っている関西遼寧協会に感謝する。これまでに博物館建設の決定が出なかったのは主要に資金の問題である。しかし市政府ではこの問題について話し合い、来年3月に着工、10月に完成という決定を下した。青少年の教育のため、中日友好のために非常にいいプロジェクトだから、全力で立派な博物館を作ろう。引き続き、日本での募金もお願いしたい。」 博物館建設の場所については、植物園に決定したとのこと。植物園にはすでに数百万元を投入しているし、プロジェクトの環境としても適しているので、とのことでした。 ◎この時決めたスケジュール ・2002年3月 基金の贈呈式、起工式(友の会会員や報道機関に呼びかけて、たくさんの参加者で大々的に実施。) ・5月〜7月 機関車の修理にボランティアで参加 中日の鉄道労働者、鉄道ファンの参加で、機関車の修理を行う。 ・2002年10月 博物館オープニング式典 ●2002年1月 3月に贈呈式と起工式をするために1月中には日程が決まらなければならないが、瀋陽市からの連絡がなかなか来ないので、国貿促遼寧省分会を通じて問い合わせたところ、次のような回答が返ってきました。 「昨年の11月から、瀋陽市政府とその所轄の各庁局の機構改革が速いスピードで行われてきました。平均25%の大幅な人員削減を伴う激しい人事異動の結果、この件に関わっている人々はほとんど変わりました。市政府副秘書長は定年を控えて現役から顧問に変わった、城建局副局長は他の局に転職した、城建局の担当者の処長は定年退職した、ということになりました。 城建局計画処の候処長によれば、瀋陽機関車博物館の件について、局内でどの副局長が担当するか、どの処が主務になるかはすべて未定だし、市政府の方でもその件は議事日程にも乗っていないようで、蘇家屯で作る話がまた浮上したそうだ。」 そこで、1月末頃、下記の要望書を瀋陽市政府と遼寧省政府に送りました。
この要望書に対する回答は、今のところ文書ではいただいていません。 ●2002年5月 その後、いろいろな話が伝わってきていますが、確定したものはありません。 そこでもう一度瀋陽市政府の意向を確認し、建設を促進するための訪遼団を派遣することにしました。日程は5月22日〜24日です。参加できる方はぜひ一緒にご参加ください。詳細は事務局までお問い合わせください。 ・スケジュール 5/22(水)北方航空便で関空−瀋陽、遼寧省政府、国貿促遼寧省分会を表敬 5/23(木)瀋陽市政府と協議、植物園と蘇家屯を見学 5/24(金)北方航空便で瀋陽−関空帰国 少し余裕のある方は、5/21関空→大連、5/22,23は上記と同じ、5/25大連→関空のコースも準備できます。 |