あじあ号の現在

 あじあ号(正確にはパシナ号)は、蘇家屯の機関車展示場からは撤去され、瀋陽鉄路局の手で修復されている状態です。他の十数台の機関車も撤去され修復中で、5月中旬に行った時には、展示場手前左側の2台が残っているだけでした。

 これらの機関車は、瀋陽市植物園内に10月に完成予定の「機関車博物館」に展示され、子供たちの人気ものになる予定です。

 機関車は長年月無蓋の展示場に置かれていたため相当に錆がまわっており、修復に多大なお金がかかることと、資金が不足しているとのことで、当協会としては瀋陽市政府に働きかけて、何らかの形で日本から寄金集めをすることに協力していく予定です。

 この「パシナ号」は川崎車両(現在の川崎重工業)で作られた機関車です。同社の九〇年史によれば、

 「旅客用では、2C1パシナ形(昭和911年)9両を納入した。

 パシナ形は、大連〜新京(現在の長春)間を最高速度120km/h(時にはそれ以上)で走行した、満鉄の誇る超特急「あじあ」号の牽引機である。紺青色に塗装された流線型のボディを持ち、機関車重量120t、炭水車質量84t、全長26m、動輪径2mの大型機関車で、わが国が製造した機関車の王者といえよう。(中略)昭和11年製造の981号機は、風洞実験の結果に基づいて先頭形状を上部後退形に変更し、いっそうスピード感にあふれた姿になった。当時、初期形を「鉄兜形」、981号機を「ヘルメット形」と呼んだ。(中略)このように、大陸でもパシフィック形が旅客用機の主流となった。」

 なお、69日に機関車博物館建設地を見学した際にいただいた資料を掲載します。

 

        蒸気機関車博物館工程案内書

 

 瀋陽鉄道分局蘇家屯機関区には、アメリカ、日本、前ソ連、ベルギー、チェコスロバキア、ドイツ、中国など8カ国の、昔製造され今は退役した13台の蒸気機関車が収集されています。

 これらの機関車の中には、最も古いアメリカの1907年製造のDBL型機関車があり、日本川崎会社が1934年に製造して、当時最先端で、今世界中で1台しか残っていないSL7型機関車(あじあ号)があります。また、日本が1937年に製造した勝利815型機関車と、1927年に製造したSL5292型機関車もあり、中華人見共和国が建国初期に自力で設計製造した蒸気機関車もあります。これらの機関車の様子は稀奇奇異で、みな機関車の老ファミリーに属します。

 現在、世界中で蒸気機関車はディーゼルと電気に取って代わられ、これらの古くて珍しい機関車は保存価値があります。このため瀋陽市市長慕緩新は、1998年に「これは瀋陽の宝物で、国家の宝物です」と指示を与えて、関係機関は博物館の建設案を出して、これらの古い機関車を保護するように指示しました。

 この場所(蘇家屯の展示場)は狭くて、屋根なしで展示しているのは、機関車の保護と観光に対してとても不利です。1999年に瀋陽市政府は蒸気機関車博物館を建設することを決めて、これを瀋陽市重点工程と精神文明建設の十項の一つとしています。

 いま建設に取りかかった蒸気機関車博物館は、瀋陽市東北部の瀋陽市植物園内に位置します。敷地は4.4ヘクタールで、建設面積は11,000平米、高さは17mです。主体はコンクリート作りで、前部は管理用3階ビルで、後部は展示ホールで扇形をしています。最大長さ30mの機関車を収容できます。

 この工程の投資は、博物館建設費が1300万人民元で、機関車の運送・据え付けに800万元、合計2100万元です。

 この工程は19991030日に始まり、今までで基礎が完成しました。この博物館ができあがると、人間の今世紀最初の頃の工業科学技術の成果を展示する一大展示場になります。