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昨年から取り組んできた、「あじあ号保存・瀋陽鉄道博物館建設に協力する運動」ですが、5月の瀋陽市との交渉の結果、6月18日から博物館の建設が再開されました。11月15日の竣工を目指して突貫工事が行われています。 この進展を受けて、7月20日〜24日の間、全国から寄せられた寄金のうち1200万円を寄贈する訪中団を派遣しました。瀋陽鉄道博物館友の会の会員から5名の方が参加され、にぎやかな訪中団となりました。 ●7月22日朝8:30、瀋陽市政府へ陳政高・瀋陽市市長(遼寧省副省長を兼務)、孫祥剣・瀋陽市副市長、王英・瀋陽市政府秘書長、黄凱・瀋陽市政府副秘書長、田維忠・瀋陽棋盤山国際風景旅遊開発区管理委員会副主任らと会見。 会見後、寄金の贈呈式を行いました。
瀋陽日報は7月23日の1面で次のように報道しています。 「陳政高、日本関西遼寧協会訪中団と会見 7月22日午前、副省長・市長の陳政高は、菱田英一を団長とする日本関西遼寧協会の訪中団と会見した。 訪中団は今回瀋陽を訪問し、瀋陽蒸気機関車博物館に1200万円を寄贈した。 陳政高は次のように述べた。『改革開放以来、瀋陽市と日本の各界との友好合作関係は不断に発展してきた。日本企業は瀋陽市での投資を継続して拡大してきた。今回の日本関西遼寧協会訪中団の訪問によって、双方の友好と合作を更に一歩促進することができた。陳政高は瀋陽市政府を代表して、日本関西遼寧協会の瀋陽蒸気機関車博物館への寄付に感謝する。』 菱田英一は次のように述べた。『関西遼寧協会は、瀋陽蒸気機関車博物館の建設に大きな関心を寄せており、今回の寄金が少しでもお役に立てればと願っている。』 副市長の孫祥剣もこの会見に同席した。 会見後、寄金贈呈式が行われた。」 ●蘇家屯の機関区を見学5月に来たときには数台しか置かれていなかったのですが、今回は、世界8カ国十五台の機関車が全て機関区構内に並べられ、修理を待っている状態でした。瀋陽鉄路分局副局長の案内で見学。 米国製の1台、日本製の1台、中国製の3台はすでに修理が終わっていますが、他の機関車は更に錆がひどくなっていました。パシナ(特急あじあの牽引車)、パシハ(特急はとの牽引車)はいずれも未修理状態です。 8月29日に同地を訪問した人の話では、数台しか置かれていなかったということなので、来春の展示に向けてすでに修理に入ったものと思われます。
●植物園内の博物館建設現場を見学2000年夏に工事が中断されていたものが、2年ぶりに再開しました。 現場は工事の鎚音も高く、突貫工事ぶりが窺えました。建物は、今年11月15日の竣工を目指しています。機関車の修理がそれまでには無理と思われるので、博物館の開館は早くても来春と思われます。
●棋盤山風景区を見学博物館が置かれる瀋陽市植物園は、以前は瀋陽市城市建設局の管轄下にありましたが、今年5月の改組により、瀋陽棋盤山国際風景旅遊開発区管理委員会の管轄下に異動しました。 棋盤山風景区は瀋陽市の東郊にある植物園の更に東側に広がる広大な地域で、その名にあるように、国際風景旅遊区として開発が進んでいます。大連の金石灘が海と自然をテーマにした旅遊区であるように、ここ棋盤山は山と自然をテーマにした風景旅遊区で、利用者も急激に増えているようです。 訪中団は、その風景区の中のサファリパーク、湖上遊覧を楽しみ、夕食の宴会後、湖上の水と光のショウも見学させてもらいました。 さらに翌日は、東陵、故宮をゆっくりと見学し、ローベン餃子でおいしい餃子をたくさんいただきました。 なお、今回の訪中団の参加者は下記の通りでした。 菱田 英一 (大垣市) 関西遼寧協会会長 友井川 紘一(神戸市) 関西遼寧協会会員 森下 雅喜 (大阪市) 関西遼寧協会理事 橋詰 一男 (八幡市) 友の会会員 平野 宏 (さいたま市) 友の会会員 高木 常雄 (豊明市) 友の会会員 本田 悦子 (神戸市) 友の会会員 和田 恭子 (神戸市) 友の会会員 関西遼寧協会 会長 菱田英一 蘇家屯の蒸気機関車陳列館で、ぼろぼろにくずれていきそうな機関車を見学してから4年、理事会で取り組みが決定されてからも、果たして本当に募金ができるのかと、何度も何度も挫折感をいだきながらのことでした。 中国側の組織改正による役員の交替で、プロジェクトが白紙になり、もう駄目かと思うこともありましたが、この度贈呈式を迎え、工事も再開され、感無量の思いをいたしております。 どうか、機関車博物館が無事完成されることを、心から願っております。 橋詰一男(京都府八幡市・74歳) 私の青春の恋人『SL大陸特急・あじあ』に2年ごとに会いに行っている、あじあ号大好きな元満鉄マンです。 今回は関西遼寧協会・あじあ号瀋陽鉄道博物館の建設に協力する友の会の一員として「寄金贈呈訪中団」に参加しました。 私の「あじあ号」との初見合いは、15歳で満鉄に入社した時からです。昭和の10年代の小学校の教科書にも紹介された「大陸SL特急あじあ号」は、当時の少年たちの夢を乗せて走る美しい蒸気機関車でした。 私が満鉄に入社し、その「あじあ号」に初めて目にふれた時の感動が今も忘れられません。あれから58年、私の脳裏から離れない「あじあ号」はいま、1944年(昭和19年)に蘇家屯操車場が完成と同時に、私も赴任した蘇家屯の線路の片隅で全身ボロボロの状態で昭和9年の誕生から68歳の姿を横たえています。 ここ20年来、いろんな人が「あじあ号保存」の話をしていました。いずれも話で終わりました。今回の友の会の話も、関係者の間では半信半疑の受け取り方もありました。 しかし今回の訪中団に参加して、瀋陽市長以下、市のトップの対応並びに瀋陽植物園の中で現在進められている「蒸気機関車博物館」の工事を目の前に見て、私の長年の夢「あじあ号の保存」が現実のものになりつつあることを実感しました。 これからは元満鉄の会員にも自信を持って呼びかけていきたいと思います。 本多悦子(神戸市 74歳) 関西遼寧協会の「あじあ号保存運動」を新聞で知り友の会に入会しました。 あじあ号は私が尋常小学校の教科書で知りました。そして今回、当時を思い出して、その教科書を図書館に行きコピーして何度も繰り返して読みました。 そして今回訪中団に参加して、教科書の文章と色あせたぼろぼろのあじあ号を重ね合わせ、あるいは私の人生も重ねてみたせいか、涙がこみあげてまいりました。 戦前派の私たちのアイドル「あじあ号」を何としても保存してほしい、その願いが一層深まりました。今回同行させていただいた関西遼寧協会の菱田会長は、この保存のために大金を寄付され、高齢(79歳)にもかかわらず、今回の訪中が108回目とか、保存にかけられる熱意に、5日間の訪中を通じて打たれる日々でした。 工事現場のミキサーの響きに、鉄道博物館の早期完成を願って帰国いたしました。 高木常雄(愛知県豊明市 73歳) 元国鉄マンの私が、中国大陸を颯爽と走る「あじあ号」の話を教科書で知り、国鉄に入社し、機関車の検査の仕事を通じて蒸気機関車と出会い、勇壮な黒煙をはきながら走るSLの魅力の虜となったのが始まりです。 私の記憶にある「あじあ号」は、その蒸気機関車の貴公子であります。 今回、訪中団に同行させてもらい、蘇家屯操車場に居並ぶ15台の大正末から昭和の初期に製造された米国・英国・ドイツ・チェコ・ロシアなどの各国の蒸気機関車を見て、単に「あじあ号」の保存だけに限らず、まさに世界の蒸気機関車の文化遺産が野ざらしにされており、これらの蒸気機関車の早期保存の必要性を実感いたしました。 ささやかながらも私もこの運動に協力させていただきます。 和田恭子(神戸市 71歳) 恥ずかしいながら「あじあ号」の知識もなく、今回訪中団に参加させていただきました。瀋陽鉄道博物館友の会への入会も、私の会社が川崎重工(あじあ号製造元)の仕事をさせていただいている関係で、今回も同行された友の会の発起人の一人・友井川さんと車両のバイスプレジデントの方の連名で、協力企業宛に「参加要請文」をいただき、会社として入会したのが縁の始まりです。 しかし今回の訪中を通じて、「あじあ号」保存のために何回も訪中されている菱田会長、森下事務局長、友井川さんなどの熱意と、私と同じ友の会会員の「あじあ号」にかけるロマンと熱意に、私も「あじあ号」の虜になったみたいです。 初めて見た「あじあ号」がボロボロになっているとはいえ、素晴らしい蒸気機関車でした。流線型の姿が整備されて鉄道博物館に陳列されるとき、再び再会したいものです。 平野宏(さいたま市 73歳) 5年前に見た「あじあ号」に再会したい思いで今回参加しました。私たちの少年から青年時代に一世を風靡した、中国大陸を颯爽と走る流線型のSL特急あじあ号パシナ975(1934年)は、年月を経ても私の脳裏から消え去らないすばらしい蒸気機関車です。 昨年発売された「満鉄パシナ979・あじあ号7輌セット」の模型の写真をとり、今回あじあ号と再会しました。一日も早い瀋陽鉄道博物館の完成を願いつつ、模型の写真を見ながら、帰国後の日々を過ごしています。私の歴史に残る5日間の訪中でした。 戻る瀋陽市の話によれば、博物館は11月中旬の竣工をめざして突貫工事に入ったとのことです。 一方、機関車の修理の方は、7月22日の時点で、米国・日本製が各1台、中国製が2台修理が終わった状態で、残りの10台以上の機関車は以前のままでした。8月27日に現地を訪れた人の話では、操車場内には数台しか置いていなかったということで、屋内に入れて修理作業に入ったようです。 現地の人たちの話によれば、建物は年内に竣工するが、機関車の修理は早くても来春まではかかるだろうということで、機関車博物館の正式開館は来年の春になりそうです。この時には、たくさんの人でお祝いにかけつけようと計画しています。 機関車は瀋陽市の南方の蘇家屯にあります。博物館は市の東方の植物園内で、20km以上の距離があります。現地の人たちは、途中に橋やトンネルがあるので、輸送のことを心配していました。市民への宣伝の意味も含めて、トラックに乗せて、市内経由で運ぶ案が有力のようです。 今年7月16日の朝日新聞で「満鉄あじあ号、60年ぶり力走へ」という記事が載っていて、その中に「パシナを整備して、7両の客車に観光客を乗せて、牽引する。」と書かれていて、もしそうなればすごく夢のある計画だなと思って現地で尋ねてみたのですが、誰も確たる回答はしてくれませんでした。1985年には実際に自力で走っていた機関車ですから、技術的に無理な話ではないでしょうから、是非実現してもらいたいものと思います。 それで、今後の予定としては、 11月中旬 博物館竣工式訪中団 来 春 博物館開館祝い訪中団 を計画しています。詳細はまたご案内いたしますので、ぜひ多くの方のご参加をお願いします。 (事務局 森下)
瀋陽蒸気機関車博物館建設は、瀋陽市の手で確実に動き出しました。しかし、瀋陽市の予算不足がなくなったわけではなく、また機関車修理には更に多額の費用がかかります。今回寄贈した1200万円は、博物館建設の全体予算の10分の1くらいです。 お知り合いの方等にも呼びかけしていただいて、更に多くの寄金をお寄せいただけますようお願いします。
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